形を変えて生きる — 可塑性という進化の芸術

形を変えて生きる — 可塑性という進化の芸術

1. 脳も心も、形を変えながら生きている
脳は、生まれたときから完成しているわけではありません。
経験や思考、感情や習慣によって、**神経回路の結びつきは日々変化**しています。
これを「脳の可塑性(neuroplasticity)」と呼びます(StatPearls, *Neuroplasticity*, 2021)。

学びやリハビリ、創作、対話のような良い刺激は、
新しい回路を作り、より豊かな反応を可能にします。
一方で、**強すぎるストレスや薬物、悪い習慣**によっても脳は変化します。

たとえば慢性的なストレスが続くと、
恐怖や不安を司る扁桃体が過剰に働き、
理性をつかさどる前頭前皮質の働きが弱まります(McEwen et al., 2013)。
つまり、脳が「防御モード」に最適化されてしまうのです。
この状態が長く続くと、心も体も反応的になり、悪循環が加速します。

2. デジタル刺激が脳を“高速化”する
現代の私たちは、スマートフォンやSNS、動画などを通じて、
毎日、数秒単位で強い刺激を受け取っています。
そのたびに脳の報酬系が反応し、
「もっと欲しい」という信号を出します(Montag et al., 2023)。

この反応を繰り返すうちに、
脳は“即時の刺激”に最適化され、
深く考える前に反応してしまう構造へと変化していきます。

その結果、
– ゆっくりした時間が耐えられない
– 沈黙や退屈を恐れる
– 「情報を得ること」自体が快感になる

といった傾向が強まります。

しかし、創造性や回復力は、
本来「何もしない時間」「ぼんやりとする時間」の中で育まれるものです。
つまり、脳の可塑性が“速さ”に偏ってしまうと、
人間らしい速度で感じる力を失っていくのです。

(参考:Stanford Medicine, *Addictive potential of social media*, 2021/PsyPost, 2024)

3. 身体もまた、環境に合わせて変化する
アスリートの身体を見れば、可塑性は一目瞭然です。
マラソン選手の脚、
水泳選手の広い肩、
スケート選手の太もも。
彼らの身体は、競技という環境に最適化されて形を変えた結果です。

漫画家の指先にできるペンだこ、
職人の掌に刻まれるタコも同じ。
生きるとは、**環境に合わせて自分を作り変えること**です。

形が変わり、固定化されることは、
決して悪いことではありません。
それは「生き延びるための知恵」であり、
「環境との対話の記録」でもあります。

ただし問題は、
どんな環境に合わせて形を変えているかを自覚できているかです。
スマホの刺激、他人の価値観、社会の圧力――
それらに無自覚なまま適応していくと、
いつの間にか「本来の自分」とは異なる形に固定されてしまいます。

4. 自分の形を選び直す
私たちは、可塑性という無意識の力を、
意識の力で使い直すことができます。

– SNSを閉じて、数分間の静寂を味わう
– 本を一章ゆっくり読む
– 散歩をして風の音を聴く
– 瞑想や呼吸で、自分のリズムを取り戻す

これらの小さな行為が、
脳と身体の“自然な速度”を取り戻します。
環境に合わせるだけでなく、
自ら選んだ環境に自分を合わせ直すこと。
それこそが、「自分の形を生きる」ということです。

結び — 変化を恐れず、流されず
脳も身体も、日々変化し続ける。
それは不安定に見えて、
実は「生きている証」です。

> 生きるとは、環境に合わせて形を変えること。
> けれど、その形を何に合わせるかは、自分で選べる。

変化に流されるのではなく、
変化を味方にできたとき、
人は本当の意味で“調和”の中に立つのかもしれません。

主な出典
– McEwen BS et al. *Brain On Stress: Vulnerability and Plasticity of the Prefrontal Cortex.* Proc Natl Acad Sci USA, 2013.
– Bennett CM & Lagopoulos J. *Chronic stress and brain plasticity: Mechanisms underlying adaptive and maladaptive responses.* Front Psychol, 2015.
– StatPearls. *Neuroplasticity.* NCBI Bookshelf, 2021.
– Montag C et al. *Striatal dopamine synthesis capacity reflects smartphone social activity.* Front Hum Neurosci, 2023.
– Stanford Medicine. *Addictive potential of social media, explained.*, 2021.
– PsyPost. *Taking a break from your smartphone changes your brain, study finds.*, 2024.