最近、仕事でうまくいかない。職場の空気が重く、何をしても報われない気がする。家庭でも、疲れがたまって小さなことで苛立ってしまう。そんなとき、私たちは「自分が変わらなきゃ」と思い詰めがちです。
けれど、心を直接変えることは難しくても、環境を変えることならできる。そして多くの場合、環境が変われば、心も自然に変わっていきます。
■ 環境と心はつながっている
部屋が散らかっていると、なぜか気持ちが落ち着かない。カフェに場所を移すだけで、仕事がはかどる。空気の流れや光の向き、人の表情。私たちは、思っている以上に「環境」によって心を左右されています。
心理学でも、環境要因が幸福度や集中力に大きく影響することが分かっています。カリフォルニア大学バークレー校の研究(Evans & Wener, 2006)では、「長時間の通勤や騒音、狭い空間がストレスホルモンを増加させる」と報告されています。つまり、環境を変えることは、心を整える一番現実的な方法なのです。
■ 「整える」ことで、自己効力感を取り戻す
忙しい日々の中で、私たちはつい「何もできていない」と感じてしまいます。しかし、机の上を片付ける、ベッドメイクをする、コップを洗う。そんな小さな行動でも、「自分で動かせた」という感覚が心を支えます。
心理学者アルバート・バンデューラは、この感覚を「自己効力感(self-efficacy)」と呼び、行動を継続する最も重要な要素だと述べました。
片付けは、不毛な行為ではありません。それは、自己効力感を高め、世界と触れ合い、メンテナンスする行為です。整えることは、単なる掃除ではなく、自分の世界を再び動かす小さなスイッチなのです。
■ 環境を変える勇気——人間関係・仕事・暮らし
時には、「整える」だけでは足りないこともあります。職場の人間関係が限界に近い、家庭で息が詰まる、そんなときには、環境そのものを変える選択も必要です。
リクルート創業者・江副浩正氏はこう語りました。「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ。」
転職する、住む場所を変える、新しい人と出会う。環境を変えることは、逃げではなく、再設計の行為です。環境が変われば、見える風景も、感じ方も、言葉の使い方すら変わります。それは、心を“チューニング”し直すもっとも確かな方法です。
■ 他責から自立へ——変えられない相手ではなく、変えられる環境を動かす
「上司が悪い」「パートナーがわかってくれない」そう思うとき、私たちは他責の思考に囚われています。でも、相手を変えるより、自分の置かれる場所やリズムを変えるほうが早い。
他人ではなく、自分の半径1メートルの環境を変える。それができる人は、状況に流されず、自分で自分を支えられる人です。この発想こそ、ストレス社会で最も必要な「セルフデザイン」の力です。
■ 環境を変えられないときは、呼吸を変える
もちろん、今すぐ職場や家庭を変えられないこともあります。そんなときは、“内的な環境”を整えることから始めましょう。
忙しい日でも、ひととき目を閉じて深呼吸するだけでいい。たった30秒でも、呼吸を意識すれば、脳内のセロトニンが増え、心拍が落ち着きます。瞑想とは、場所を変えずに「内なる環境」をリセットする技術です。外を変えられないときこそ、内を変える——それが“環境を変える力”のもう一つの形です。
■ 結論:心を変える近道は、環境をデザインすること
心を整えるには、まず環境を整える。心を変えたいなら、環境を変える。そして、環境をすぐに変えられないときは、呼吸を整える。
ハウスキーピングも、転職も、深呼吸も、すべては同じ原理。それは、自分と世界の関係をもう一度デザインし直すこと。環境を動かす力は、他責を脱し、自分を再び“創る力”でもあります。
【出典】江副浩正『自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ』(リクルート創業理念); Albert Bandura, Self-Efficacy: The Exercise of Control (1997); Evans & Wener, Environmental Stress, Journal of Environmental Psychology, 2006; 枡野俊明『禅、シンプル生活のすすめ』(三笠書房, 2009); Cal Newport, Digital Minimalism (Portfolio, 2019); 松浦弥太郎『今日もていねいに。』(PHP研究所, 2010)