夜、ふとした瞬間に昔の失敗や、誰かに言われた嫌な言葉を思い出してしまう。
あるいは、まだ起きてもいない出来事を何度もシミュレーションして、不安が膨らむ。
そんな「考えても仕方ないこと」をぐるぐる考えてしまうのは、意志が弱いからでも、ネガティブだからでもありません。
それは、脳が“刺激”を求めているだけかもしれません。
脳には「報酬系」と呼ばれる仕組みがあります。
ドーパミンという神経伝達物質を通じて、“新しい・強い・感情的な刺激”を得たときに活性化するシステムです。
実は、人は「嫌な出来事」でも、そこに強い感情が伴うと、脳が「重要な刺激」として記録してしまいます。
だから、過去の恥ずかしい失敗や、傷ついた経験ほど、脳が“再生したくなるコンテンツ”になるのです。
スマホの通知が鳴るとつい見てしまうように、脳も「刺激的な記憶」を再生して、感情のジェットコースターに乗りたがります。
心理学では「シロクマ実験」として知られる研究があります。
“白いクマのことを考えないようにしてください”と言われた人ほど、白いクマを何度も思い浮かべてしまう。
(Wegner, 1987)
「考えまい」とする行為そのものが、脳に“白いクマ=気にする対象”を強化してしまう。
これが、「考えても仕方ない」と分かっていても考えてしまう理由です。
ここで有効なのが、“感情を言葉にする”こと。
心理学では「アフェクト・ラベリング(Affect Labeling)」と呼ばれ、
「自分がいま感じている感情を言葉にするだけで、脳の興奮が落ち着く」という研究があります。
(Lieberman et al., Psychological Science, 2007)
たとえば、緊張しているときに「緊張してきた」と声に出す。
怒っているときに「いま、イラッとした」とつぶやく。
これだけで、感情を司る扁桃体の活動が静まり、前頭前野(理性や判断を司る領域)が再び働き始めます。
つまり「感情の渦中にいる自分」から、「感情を観察している自分」へと立ち位置が変わるのです。
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【感情を“手放す”ための3ステップ】
①まず「言葉にする」
どんなに小さな感情でも、「あ、いま不安だな」「ちょっとイライラしてる」と声に出してみる。
無理にポジティブに言い換えなくてもOK。大切なのは「気づいたことを認める」こと。
②「状態」を続けて宣言する
「緊張してきた。だけど準備はできてる」
「イライラしてる。でも、今日は早く帰ろう」
「気づき」+「意図」を組み合わせることで、思考が“今”に戻ります。
③身体を動かしてリセットする
深呼吸(4秒吸って4秒吐く)を2〜3回。
肩や首をゆっくり回す。
声に出す+身体を動かすことで、脳の「ストレス反応ループ」を切断できます。
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プレッシャーや緊張、過去の後悔や未来の不安——
それらに飲み込まれるのは、人間として自然な反応です。
けれど、「いま緊張している」「いま昔のことを思い出している」と言葉にして気づくことで、
その刺激を“観察する側”に立つことができます。
感情を抑えつけるのではなく、静かに見つめる。
その瞬間、思考の波は少しずつ穏やかになっていきます。
考えすぎてしまうのは、感受性が豊かな証拠です。
だからこそ、感情を“手放す力”を持てば、より柔らかく、しなやかに生きられる。
考えても仕方ないことは、考えても仕方ない。
その言葉を、静かに、何度でも自分に返してあげましょう。
【出典】Lieberman, M. D. et al. (2007). Putting feelings into words: affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science.
Wegner, D. M. (1987). Paradoxical effects of thought suppression. Journal of Personality and Social Psychology.
Kross, E. et al. (2014). Self-talk as a regulatory mechanism: How you do it matters. Journal of Personality and Social Psychology.
NHKスペシャル「“心の傷”の科学〜記憶と感情のメカニズム〜」