「思ったことが現実になる」という言葉には、少し不思議な響きがあります。けれども認知科学や行動心理学では、人の言葉やイメージが現実の行動を変えうることが分かっています。私たちは世界をただ観察するのではなく、言葉によって世界を構築しながら生きているのです。
ベンジャミン・ウォーフ(1956)の言語相対性仮説によれば、人の思考はその人が使う言語の構造に影響を受けます。たとえば雪を表す言葉が多い文化では、雪の質感や変化をより細かく認識できるといわれます。言葉は世界を写すのではなく、区切り、形づくるものなのです。
「引き寄せの法則」にも通じるように、意識を向けた対象に行動が集中します。ゴルウィッツァー(1999)は「実行意図」という概念を提唱し、「〜する時には〜する」といった具体的な行動文を設定することで行動を促せると示しました。言葉が行動を先導し、行動が現実を変えるのです。
バンデューラ(1977)の自己効力感の研究では、「自分はできる」という感覚が行動の持続に影響するとされています。また、フリストン(2010)は人の脳が未来を予測して動くと説明しています。未来をどう言葉にするかが、今の行動を変えてしまうのです。
アンディ・クラーク(1997)は、人の知能は身体や道具と一体化しており、書くことが認知の一部だと述べました。言葉を外に書くことで意図を実体化できるのです。日記や目標リストを書くことは、未来の自分が行動するための環境を設計する行為といえます。
このように、言葉は現実を説明するだけでなく、現実を動かす構文でもあります。「言葉で追う」のではなく「言葉で創る」意識を持つことで、私たちは日常の中で小さな現実編集を行っているのです。
参考文献: Whorf, B. L. (1956). Language, Thought, and Reality.; Gollwitzer, P. (1999). Implementation Intentions.; Bandura, A. (1977). Self-efficacy.; Clark, A. (1997). Being There.; Friston, K. (2010). The free-energy principle.